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19時30分発 山手線横回り


 

 

 夜七時ごろ、伸恵ちゃんからメールがきた。
 秋葉原でばったりアナちゃんと会って、喫茶店でお茶してるんだそうだ。
 「アナちゃんに会いたいなら、お前も来れば?」とのこと。僕はさっそく家を出た。

 満員の山手線に揺られながら、僕が喫茶店に着き、アナちゃんは嬉しそうに手を振ってくれるところを想像する。むふふ。早く秋葉原に着かないかな。

 と、その瞬間、がたん、と大きな揺れが生じ、電車が止まった。
 一時乗客たちは何だ何だとざわついたが、車内アナウンスが流れ始めると、皆水を打ったように静まり返った。
「停止信号を確認しました。安全点検のため、一時走行を停止します。そのままお待ちください」
 なんだ、停止信号化。いつものことだ。乗客たちは安堵のため息を短くつくと、走行中と同じように、静かに時間をつぶしはじめた。安全点検ならば仕方がない。

 しばらくして、再度アナウンス。
「安全点検のため、一時車内の電灯を消します。そのままお待ちください」
 アナウンスが終わるのが先か、車両じゅうの電灯が消えた。もう夜の7時半。車内は真っ暗になった。
 しかし騒ぎたてる者はない。当たり前だ。安全点検ならば仕方がない。次第に暗闇に目が慣れてくる。車内を見渡す。読書していた者は本を閉じて宙を見つめぼーっとし、そうでなかったものは今まで通りぼーっとしていた。

 そして更にアナウンス。
「安全点検のため、全車両を横転させます。そのままお待ちください」
 アナウンスが終わると、窓際に立っている僕の足場が、ゆっくりと持ちあがっていくのを感じた。逆に、反対方向の窓は下がっていく。こちら側の窓が上になるのだ。
 足のつま先に力を入れてふんばるが、それだけでいつまでも頑張れるものでもない。力尽きた僕は眼前のおばさんの背中によりかかる。ごめんなさい。
 車両の傾きはどんどん大きくなっていき、ある点を超えたとき、僕らを乗せた車両は一瞬ナナメに静止したのち、どーんと大きい音をたてて横転した。
 僕は完全におばさんにおぶさっている。本当にごめんなさい。
 しきつめられた人間たちのの奥のほうから、「うぐう」とうめき声が聞こえる。見ると、スーツのおじさんが顔を真っ赤にして耐えている。向こう側の端っこは大変だなあと思った。
 しかし騒ぎたてる者はない。当たり前だ。安全点検ならば仕方がない。
 ふと背後を振り返ってみると、窓には美しい星空が映し出されていた。
 何百何千という星たちが、控えめに厳かにまたたいている。光が完全に消えた電車内から見たその空は、ここが東京ということを忘れさせるくらい美しいものだった。

 そして、アナウンス。
「安全点検が終わりました。運行を再開します。揺れにご注意ください」
 きききと軋む音を鳴らせながら、ゆっくりと電車は動き出す。おばさんからずり落ちないようにバランスをとり、体勢を整えてから、また振りかえり窓を見る。
 光り輝く星たちが、ゆっくりと流れていく。僕はとても穏やかな気持ちになった。

 秋葉原まで、あと6駅。


<了>

 

 

 

 


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