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第二十四次成人式戦争

※各章ごとにリンクを貼っています → [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]
 

1.

 電話の音がした。
 持ち主の女は、当然のように携帯を取り出し、通話を始める。
「おいすー。え、どったの。ん、今日? マジで? 来てんの? うっそ、どのへん? 後ろの方? どこどこ?」
 それを咎める者はひとりも居ない。
「えー、本日めでたく成人の仲間入りした皆さんは、これまで培ってきた素晴らしい経験を存分に活かして――」
 区長は女の姿など見えないかのように淡々と話を続ける。
 俺は考える。誰も聞いていない『話』は、『話』と呼べるのだろうか。
 会場は放映開始前の映画館のようにざわついていて、そもそも前で人間が話している事にすら気づいていないかとようだ。
 「社会は皆さんの可能性にー、可能性にー、エネルギーにー、とってもとっても期待しているわけでありましてー」
 区長は話――もとい独り言を続ける。若さ? 可能性・ エネルギー? このおっさんは本気で言っているのだろうか。股を広げて座り、仲間とひたすら性交した女の人数を自慢しあう男ども。せまい座席で足を組み、阿呆みたいな顔をして化粧直しをする女。区長と同じく、ひたすら"独り言"をくりかえす奴ら。こんな人間どもに可能性などない。
 そろそろ交信しよう、そう思い立った時、ふと気付いた。もしかしたら、今が最後のチャンスかもしれない。普通の人間として、甘ったるいチョコレートのような世間で衆愚として生きる道は、今を逃すと途絶えてしまう。
 数瞬の迷いに囚われたが、しかし結局、俺は耳もとのスイッチに触れた。
「クイーン、準備はどうだ」
「うん、大丈夫。ジャックは?」
 無線の感度は良好のようだ。
「こちらも特に問題は無い」
"ジャック"も"クイーン"も、当然コードネームだ。俺はクイーンの本名も顔も知らない。不必要だから、この一年間一度も聞かなかった。もちろんクイーンも俺の素性など知らないだろう。それでいい。二人には、二人の間の呼び名だけで十分だった。
「決行は、予定通りでいいのね?」
「ああ。式の終了時間が午後四時。決行はその十分後だ」
 それだけ言うと、ジャックは無線を切り、腰を上げて深く座り直す。
「輝かしい二十一世紀、それを担う未来の若者、それが君達なのです。
 我々旧成人は、君達新成人に、大きな期待を寄せて――」


2.

 ジャックが決行を決意したのは、一年前の冬だった。
 大学の帰り道、午後九時すぎ。ぐちぐちと不快な雪が降り積もる中、ジャックは一人歩いていた。足先が冷えて感覚がなくなっている。麻痺した足で、少しずつ進む。本当に前に進めているのか分からない。今になって思うと、それはまるで自らの人生を象徴しているかのようだった。
 ジャックは大学に進学していたが、特に目的があるわけではない。テスト前には勉強をするが、特に目標があるわけではない。
 そのことに対して、俺は半ば強制的に不安を押し殺していた。俺はまだ十代だし、学生だ。今決めなくてはいけないという問題ではない。今はまだ何物でも無い存在だが、いつまでもこのままではないはずだ。いつか進むべき道が見えてくる時がくるだろう。
 いつか。
 とりあえず今は単位の獲得のみを考えている。今はそれでいい。無理矢理に、そう思うことにしていた。
 街頭の無いこの道はひたすらに暗い。雪と壁と地面が混じった不安定な世界をとぼとぼと歩いていくと、前方の建物が激しい光を発していた。
 全国展開しているスーパーマーケットだ。壁が一面ガラス張りになっていて、無機質な光がでろでろと漏れ出ている。
 スーパーマーケットの前を通りかかったジャックは、強烈な明るさに思わず顔をしかめた。歩きながら、光に慣れつつある目を細めながら店内を見渡す。もう遅い時間だからか、やはり店内は閑散としている。
 そのまま視線を前に戻そうとした時、一人のじいさんの姿が目についた。じいさんは店内からガラスに対面する形で、つまり外の道を歩く俺の方を向いている。じいさんが立っているのは、会計をすませた後に商品を袋につめる場所だ。じいさんは、震える右手でゆっくりと生肉の入ったトレイを持ち上げ、同時に左手でビニール袋を広げようとするがうまくいかず、親指と中指を擦り合わせるようにして口を広げようと試行錯誤し、それにより生まれた小さな亀裂に震える右手で生肉のトレイを押しこみ、それによりビニール袋はくしゃっと形を歪ませた。しわがれていてどこを見ているのか分からないじいさんの目は三秒ほど遅れてそれを検知したらしく、一旦肉トレイを机に置き、両手でビニール袋を広げにかかった。そして大きく口を開けたビニール袋の一端をつまみ、もう片方の手で肉のトレイを持ち、ビニール袋につっこんだ。
 一部始終を見ていた俺は、そのままスーパーマーケットの端まで歩き、店の柱に近付くと、そこで嘔吐した。柱に両手をついて全力で嘔吐した。気づいている人が周りに居るのか居ないのか、そんな事にすら気づかず、ひたすらに嘔吐した。
 胃液まで全て吐き出し、はあはあと息を荒げる。地面に広がっている愚にもつかない吐瀉物を見下ろした時、俺はある作戦の決行を決意した。
 決行は成人式終了直後。それはすぐに決めた。それまでは社会につきあってやろう。それがこの国に生まれた者の矜持だと考えた。
 それからの一年は、主に資金集めと設計の日々。資金は普通に集めたところで足りるはずもない。とはいえ、一時的に金を手に入れればいいだけの話だ。穏やかでない方法を用いれば、不可能ではなかった。設計は、得意分野ではあるものの、やはり苦労した。今回は単位を取る為の課題ではない。機能性だけではなく、表現のレベルでも完成させなければいけない。そんな中出会ったのがクイーンだ。彼女がインターネット上で不可解なアートを発表しており、それは俺にとっていくら表現しても表現しきれないほど魅力的だった。なんとか彼女とのコンタクトに成功し、作戦の一部始終を伝えると、彼女は一も二もなく賛同してくれた。
 話を聞くと、彼女は芸術大学の学生らしい。表現物を好む彼女は特に悩むこともなく芸術大学に進学したが、しかしそこは彼女が思い描いていた場所ではなかった。そこは、どうやって芸術家になるかの戦略を学ぶ場所だった。そこは、彼女の絵に点数をつける場所だった。そうして彼女は愚にもつかない社会を見捨て、インターネット上で作品を発表していたという。
 彼女は、俺が思いあぐねていたデザイン部分を担当してくれた。毎日のように意見を出し合い、尊重しあった俺とクイーンは、しかし一度も会おうとはしなかった。現実世界で会うのは成人式の決行の日。そんな暗黙の約束ができていたのだ。


3.

 「えー、それでは、これで成人式を終わりにしたいと思います」
 をおーっと下品な声援が広がる。式が終わるのがそんなに嬉しいならば出席しなければ良いのではないか。
 いや、分かっている。彼らは旧友と会うことが目的であり、式自体はおまけなのだ。ある意味、俺と同じかもしれない。俺は静かに笑う。
 さあ、式は終わった。そろそろ始めよう。ゆっくりと立ち上がり、人の流れに逆らって裏口に向かう。おそらくほとんどの人間は正式な出入り口で友人と待ち合わせでもしているのだろう。また後で会おう。俺は誰にも聞こえない声でつぶやいた。
 裏口に続く道は、今までの喧騒を忘れそうになるほど静かだった。"常識"を捨てる覚悟を蓄えながら歩を進めていると、突然後ろから声をかけられた。
「あの、写真をお願いしたいんですけど」
 袴を着た三人組だった。三人とも茶色く染め上げた短い髪を軽く立たせている好青年だ。別に無視しても良かったのだが、俺は少しはにかみ「いいですよ」とカメラを受け取った。最後に社会の一員を味わうのも悪くない。カメラを構えると、三人は肩を組み、ピースをしながらにかっと笑った。
 ああ、見事に飼いならされているな。
 シャッターを切りながら、俺は彼らが幸福なのか不幸なのかを考えた。
 幸福だと錯覚している者は幸福なのか。もしかして彼らは幸福で、俺がしようとしている事は間違いなのか。
「ありがとうございましたぁ」
 彼らは最後まで爽やかに去っていく。俺は頭を振る。今更考えを変えられるか。変えられるはずが無い。
 裏口を出て五分ほど歩くと、地下駐車場に着く。一カ月前からそこを全面的に貸し切ってあった俺は、駐車場の奥へ奥へと歩いて行く。全ての電灯は既に壊してある。暗闇の中を進み、178歩を数えたところで立ち止まる。ここが最深部だ。懐中電灯を点ける。
 灯りを取り戻した広い地下空間には、全長15メートルを超えるヒト型ロボットがそびえたっていた。
「初号機、出番だ」
 蒼く鋭い眼を持つ、銀色の巨人。それはロボットにしては痩せているが、しかし右手にはマシンガン、両肩には多弾頭ミサイルを装備し、全身は二百八の装甲で守られている。設計しうる、そして考えうる最強のヒト型兵器だ。
 俺は静かに操縦席に乗る。点検以外でここに乗るのは初めてだ。無機質な金属の匂い。無生物の匂い。ふう、と大きく息を吐き、俺は電源ボタンを押した。
 ぶうぅんと両目に灯がともり、ごうごうと間接の自動制御バーニアが音を上げる。
 それと連動して、地下駐車場の天井がキリキリキリと音を立てて移動し、初号機の頭上の天井がなくなる。上を見上げると、青空がのぞいている。
「さあ、行こうか」
右手を動かして壁に付いている緑のボタンを押すと、足元の床が勢いよく上昇する。三秒とかからず、初号機は地上に到達した。


4.

  始めて初号機で地上に降り立った俺は、底知れぬ達成感を味わっていた。眼下の人間どものなんと小さいことか。並び立つ高層ビルですら、今の俺からすれば遊具同然だ。
 初号機はどしんどしんと音を立てながら成人式会場へ歩き始めた。人々は、驚きはするものの危険は感じていないらしく、カメラを構えたり誰かに電話して知らせたりしている。足に触ろうと近付いてくる者さえ居た。
 ああ、完全に飼いならされている。可哀想に。
 俺は人々を無視し、少しずつ操作感覚を体になじませながら歩き、成人式会場前の広場に到着した。
 そこは成人式を終え飲み会か何かに向かおうとしている新成人どもであふれている。うじゃうじゃうじゃうじゃ。持ち上げた岩の下で蠢いている虫たちを連想させた。
 彼らもやはり、驚きこちらを指さし騒ぎはするが、逃げようとはしない。自らが安全地帯に居ると勝手に思い込んでいるのだ。
 何という思い上がり。
 無性に腹が立った俺は、右足を大きく前に突き出し、広場の真ん中の人ごみをどしんと踏みつけた。
 ぐにゅっ。
 足の隙間からじるじると赤い液体が滲み出る。それを見て、ようやく人々は畏れおののき、わああっと声をあげてクモの子のように散っていく。彼らはようやく自らの無力さに気づいたのだ。足を上げると、赤く染まった人間、もとい人間だったものが転がっていた。ある者は頭が割れ、ある者は腹がやぶけ腸が飛びだしている。脆い。脆すぎる。人の命は尊い、とか、人の命は何より重いとかさんざん聞いたが、あれはデマゴギーだと今ようやく悟った。人は虫と変わらない。わらわらと湧きぐちぐちと死んでくのだ。ただ生きているだけの人間など、価値は無い。
 ほとんど人の居なくなった広場をどしどしと進み、ついに会場に辿りつく。会場の向こう側を覗くと、先程俺が出て行った裏口から人々がわらわらと逃げていく。思ったより人の流れが速い。まずい。もう遅いかもしれない。
 会場はドーム状で、上から円を描くように4段のガラスの層が存在する。俺は一番上のガラスの層に両手を突っ込み、力づくで天井を持ち上げる。べきべきべき。中を覗き込むと、まだ多くの人間が残っている。こちらを見上げてわあきゃあと叫びながら出口に向かう。しかし全ての出口は人と人と人で詰まっている。俺は顔を近づけ、人々を吟味する。泣き叫ぶ者。人を押しのけて逃げようとする者。椅子の下でうずくまる者。ああもう、違う。お前らじゃない。お前らはどうでもいい。
 更に顔を近づけてまじまじと眺める。お、やっと見つけた。待合室の端っこで机の下で怯えているおっさん。中野区長。こいつこそ俺が探していた男だ。会場の天井を投げ捨て、左手を突っ込んで区長を引っ張り出す。区長は縮こまったままであまり抵抗せず、そのまま俺の左手に拘束される。
「や、やめてくれ、助けてくれ」
 俺は聞く耳を持たず、死なない程度の力で区長をわしづかみにする。
 よし、とりあえず最初の目的は達成した。あとは待つだけだが……。姿勢を正して周りを見渡す。人々がいじらしく逃げている他、パトカーが数台到着しているだけだ。ううん、まだだ。まだ時間が必要だ。


5.

 左手で区長を掴んだまま、俺は腰に備えていた固形爆弾をそこかしこに投げつける。どがんどがんどがん。人々は舞い、地面はえぐられ、ビルは崩れ落ちる。今まで俺を抑えつけていた全ての物が簡単に吹き飛ばされていく。弱い弱い弱い。ああ、ぞくぞくする。
 固形爆弾をあらかた投げ終わった後は、右手をマシンガンに変形させ、やみくもにぶっ放す。ぱらららららららららららららららららららららら。固形爆弾を投げつけなかった建物の窓を狙って撃つ。ぱりんぱりんぱりん。あくまで派手にやらなければ。
 ぱうぱうぱう。パトカーの音が大きくなってきた。警察が大々的に動き出したらしい。とは言え、まだだめだ。こんなに来るのが遅いものなのか、奴らは。
 仕方がない。少しだけ作戦変更だ。俺はスピーカーのスイッチを入れ、パトカーに向けて言葉を発する。
「よく聞け、腰ぬけの公僕ども。私が左手に握りしめているのが誰だか分かるか」
 左手を高く振り上げる。区長はひぃと情けない声をあげた。警察の人間はスピーカーを持ちだし、俺と通信を始めた。
「やはり人が乗って操っているのか。君、自分が何をやっているのか分かっているのかね」
「質問に質問で返すな。こいつが誰か分かるかって聞いているんだ」
「悪いけど分からないな。中年の男性のように見えるが?」
「こいつは中野区の区長だよ」
「なっ……!」
 狙い通りだ。住民の俺が名前も知らないこの区長でも、一般市民よりは人質として優秀らしい。間違ってすぐに殺してしまわないように注意しよう。
「こうしていつでも殺せる状況にありながら、未だに殺してないということは、だ」
「わ、分かった。言ってみろ。程度によっては条件を呑もう」
 話が早いな。流石に状況がベタすぎただろうか? まあいい、俺は目的さえ果たせればそれでいい。
「条件はひとつだ。直ちに各テレビ局のカメラを持ってこい。この事件を生放送で実況させろ」
「は?」
「マスコミにこの事件を報道させろと言っているんだ。そうすれば区長を開放してやってもいい。早くしろ。それが済むまで俺は破壊を止めない」
 それだけ言うと、俺は再びマシンガンをぶっ放す。ぱらららららららららららら。マシンガンだけでは建物はくずれないので、ビルは蹴りあげて倒壊させる。既に人間はほとんど残っておらず、ただ死体が転がっているだけだったが、しかし破壊活動はとても楽しかった。


6.

 そうして二十分ほど暴れていると、ようやくテレビ局のものらしき車が揃いだした。のろまが。それで本当に仕事になるのかお前らは。まあいい、俺はこいつらを利用するしかないのだ。しばらくして、先程と同じ男の声が足元から聞こえた。
「犯人に告ぐ。今現在、全国ネットの各テレビ局が君の行動を生放送している。五つの全国紙にも取材を許した。これで十分だろう。区長を開放してくれ」
 "もう十分だろう"? 俺の目的が目立つ事だとでも思っているのか。馬鹿が。死ね。そんなんだからこんな事件が起きる。そんな安直な考えだから犯罪を防げない。
「悪いが区長には死んでもらう。個人的な恨みは無いが、こいつは私にとって社会の象徴だ。こいつを全国民の見ている中で殺すことで、私の表明とする」
 左手に少しだけ力を込める。ぐにゅうううとゴムが伸びるような音。既に区長は声すら発せられないようだが、まだ殺しはしない。よし、ここが一番の大勝負だ。俺は大きく息を吐くと、テレビカメラとおぼしき物に向かって、演説を始める。
「国民の諸君、君達の目に私の姿はどう写っているだろうか。大量殺戮者? 物騒な狂信者? 単なる不可解な犯罪者だろうか。しかし、そんなことはどうでもいい。君らがどう思おうと、全ての行為には動機がある。私の動機を理解してくれる者が一人でも居てくれると信じ、私は今ここに居る」
 俺はいったん言葉を切り、カメラの向こう側に居る人々について思いをめぐらす。じいさんやばあさん、サラリーマンや専業主婦も居るだろう。おそらく彼らにとって俺は単なる狂人である。犠牲者の関係者でない限り、単なるひとつの事件として忘れ去られるだろう。それはそれで構わない。彼らは完全に飼い慣らされているからだ。自らの常識が、信念が間違っているかもしれないなんて微塵も考えない。だから、彼らに何を言っても通じないだろう。俺がこの行為を行ったのは、そういった者たちの為ではなく、幼い子供たちの為だ。テレビカメラの向こう側には何万という子供たちが居るだろう。俺は、彼らに語りかける。
「国民諸君。私はこの街をさんざん破壊した。今から区長も殺す。今まで私を圧迫してきた全てを、とっぱらう。しかし、しかしだ諸君。これは何ら驚くべきことではない。私は単なる学生だ。特別な存在ではない。いち国民である私が、ただ邪魔な壁を取り払っただけのことなのだ。何が言いたいか分かるか? つまり、誰でもできると言うことだ。君達が強大だと思いこんでいる様々な壁。父親、友人とのしがらみ、学歴社会、実存主義、排他的社会。ましては国家! 実はそれらは全て、即座に破壊できるほど弱々しい壁なのだ。口で言うだけなら君達も信じまい。だがどうだ、私はこうして実際に破壊してみせた! これが答えだ!」
 一歩前に踏み出し、カメラに向かって俺は吠える。
「君達が社会の大きさを知り、怯え、負け犬根性で背伸びして生きているのは知っている。自分より少し下の者を見て小さな満足感を得ていることは知っている。しかし、それは間違いだ。君達はそんな場所に居るべき人間ではない! 壊せない壁などないのだ! この世にこの手で掴めない者などない! 私は今日それを証明した。私は近いうちに捕まるか殺されるかするだろうが、それでも満足である。種は撒いた。証明は終了した。あとは各自、その目の前にある壁を取っ払って――」
「言いたい事はそれだけか」
 突然、俺の左手に拘束されている区長が喋りだした。先程まであんなに怯えていたのに、今は恐ろしいほどの無表情だ。
「悪いな、あんたに恨みは無いが、あんたの言い分を聞く筋合いも無い。尊い犠牲になってくれ」
 俺は左手に最大限の力を込める。ぎゅぎゅぎゅっ。「ぐしゃっ」脳内でミカンを潰すようなサウンドエフェクトが流れる。が、しかし、
「言いたい事はそれだけか」
 区長は潰れない。
「な、何故だ! 何故潰れない!」
 何度力を込めても区長は無表情のまま言葉を続ける。
「言いたい事はそれだけか。言いたい事はそれだけか。言いたい事はそれだけか」
 同じフレーズを繰り返しながら、区長はぱかりと大きく口を開ける。口の中を見て俺は驚愕する。その中は空洞だった。空の水筒を覗いているかのように、黒々とした闇が広がっている。
「こ、こいつ……人間じゃない?」
「言いたい事はそれだけか」
 区長の大きく開いた口の両端に小さな亀裂が入り、ぴりぴりぴりぴりと頬の皮が切れていく。あっという間に亀裂は耳にまで届いた。
 そして間髪置けず区長の頭上半分がぱかっとのけぞる。脳があるはずの部位には、黒光りする球体が貼りついていた。
 そしてその球体の先端がちかっと光り、ピッと電子音を発する。
「っ!」
 本能的に危険を察知した俺は咄嗟にそれを投げ捨てようとする。
 が、気づくのが少し遅かった。
 球体は強烈な光と圧倒的な轟音を炸裂させ、おびただしい熱線を発しながら爆発した。


7.

 初号機は爆風によって地面に叩きつけられた。
 予想外の出来事に一瞬思考が停止する。なんだこれは。あいつは区長じゃなかったのか? いつから爆弾に入れ替わった? まさか、初めから?
 地面に手をついて体勢を整えようとするが、何故かうまくいかない。見ると、右腕が消失していた。さきほどの爆発で吹き飛んでしまったらしい。
「くっ」
 左手を使ってなんとか立ち上がる。腕を失いバランスが崩れた体で辺りを伺う。と、突然顔面に砲弾が飛んできた。後ろに二,三歩よろめく。見ると、5台の戦車の砲口がこちらを向いている。
「自衛隊か? 馬鹿な、政府がこんなに早く武力行使に踏み切るなんて」
 いつかは来るとは思っていたが、まだ数時間は先だと思っていた。俺は甘すぎたのか。
 思わず戦車と反対方向に走り出す。区長を殺し損ねた。まずい、このままでは何も為さないまま終わってしまう。
 と、その時、耳元で聞きなれた声がした。
「ジャック、まだ生きてる?」
 それはクイーンの声だった。ああ、忘れていた。俺は一人じゃない! 俺は間違ってなどいないし、このまま終わるはずがない!
「この程度で死ぬはずがないだろう」
 とは言え、この機体はもう限界だろう。右腕が無いだけでなく、先程の砲弾でかなりの部位を損傷してしまった。
「でもずいぶんと辛そうだけど。あなたのことだからまだ奥の手があるのでしょう? こうなったら私も協力するから、早く終わらせてしまいましょう」
 協力。そう、俺には協力者が居る。クイーン。彼女さえ居れば俺は負けない。負けるはずが無い。俺は徐々に自信を取り戻す。
「君には何でもお見通しだな。そうだ、まだ奥の手がある。うん、終わらせよう。早い所終わらせてしまおう」
「ここを乗り切れば、無事に終わるはず」
「そうだな。ここは踏ん張りどころだ。よしクイーン、サンプラザ通りを駅からまっすぐに十分ほど行ったところに黒い倉庫が見える。そこの一回には大きなシャッターがあるはずだ。そこの前で待っていてくれるか。俺も今からそこに向かう」
 第二ラウンドを始めるため、倉庫へ走る。幾度も幾度も砲弾を受けるが、今の俺には関係ない。クイーンが待っている。お前らなんかに構っている時間は無い。
 そして、ついに着いた。黒い倉庫。ぼろぼろの機体を根性で動かし、倉庫の前に倒れこむ。なんとか運転席から這い出ると、黒い革靴が目についた。
「はじめまして」
 黒い長髪をなびかせる女性。黒いシーパンに黒いコート。化粧気の無い顔。フレームの無い眼鏡に、りりしい眉。
 一目で分かった。
「中に入ろう」
 壁にあるタッチパネルにパスワードを打ち込む。ぎぃぎぃと音を立てながら、ゆっくりとシャッターが開く。
 倉庫の中には、今まで乗っていた物とは別の、黒色の人型へ異議が安置されていた。
「これは…私がデザインした……」
「そうだ。君は直前まで二つのデザインのどちらにするか悩んでいたからな。ひとつだけ作ると言ってあったが、もうひとつ作っておいた。いわば二号機だ」
「……」
「いざとなったら君に乗ってもらおうかと思っていたが、初号機がああなった今は俺が――」
「これが最後なの?」
「え?」
「これが最後の奥の手なの?」
 クイーンは、りりしい顔で強く問い詰めた。なんだか違和感を感じる。今までこんな口調で話をしたことがあっただろうか?
「あ、ああ。これ以外には特に用意していない。まあこれだけあれば大丈夫だろう」
「そう。これで最後なのね」
 彼女は、完全な無表情で冷たく言い放った。何だこれは。今までさんざん話しあってきた計画が実行されているんだぞ。何故そんなにも無表情なんだ。何故そんなに興味を向けないんだ。
「おいクイーン、君、何かあったのか」
「別に」
 やはり興味なさげに返事をしたクイーンは、何やらウエストバックを探っている。
「なんだ、おい、何か隠しているんじゃないのか、おい、クイ――」
「黙って」
 思わず閉口してしまう。
「あなたとはこれでお別れね。じゃあ、またね。と言っても、あなたはもう死ぬけど」
 そう言い放つと、彼女はウエストバックから銀色の筒を取り出し、二号機に投げつける。
 筒が二号機の腰にぶつかり、カン、と小さい音を鳴らした次の瞬間、筒は大爆発を起こし、二号機は糸を切られた操り人形のようにぐしゃぐしゃに崩れ落ちた。


8.

 何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くす。
 二号機が、二号機だった部品たちが、めらめらと小さく炎を吐いている。
「……え? な、なんでこんな……は? え?」
 一体何が起こっているのか。クイーンが二号機を、爆破した? そんな馬鹿な。何故? 意味が、分か、らない。
 当のクイーンは何事もなかったかのように再度ウエストバックを探り、今度は携帯電話を取り出した。
「ク、クイーン、君は一体何を」
「今から電話するから黙って」
 たった一言で俺の言葉を制し、クイーンは通話を始めた。
「こちら千鶴川。たった今、兵器の殲滅を完了。同時に、他兵器が存在しないことを確認。以上より、一面の厳戒態勢の解除を申請する」
 何を言っているんだ。何を言っている何を言っている何を言っている何を言っている。
「つまり、犯人の危険性は既に皆無と言える。作戦は終了。各自にそう伝達していただきたい」
 そう言うと、彼女は携帯電話をバッグにしまう。
「お前……政府関係者か」
「……」
 女は気だるそうにこちらを一瞥する。
「そうなんだな。おい、本当のクイーンはどこに居る」
「ぷっ」
 俺の言葉を聞くやいなや、女は吹きだした。
「本物も何も、私があなたの言う"クイーン"よ」
「下らない嘘はもういい。さっさとクイーンの居場所を吐け」
「だから言ってるじゃない、私がクイーンだって。そうじゃないとあなたと無線で会話できるはずないし、ここに居るはずがないでしょう」
 確かにそうだ。クイーン以外の人間がここに辿りつけるはずがない。でも、だとすると、いや絶対におかしい。
「別に不思議がることないでしょ。私は若者が好みそうなアートな作品をネット上にアップしてただけ。社会にとって不快な芽を摘むためにね」
「馬鹿な……まさか、そこから既に……そんな……」
「長かったけど私の仕事はここで終わり。じゃあね、"ジャック"さん」
 クイーンは大きなあくびをし、立ち去ろうとする。
「ま、待て! お前、本当に今までずっと俺を騙してたのか」
「騙してたというか、ただ喜びそうな演技をしてただけ。公務員として働いてただけよ」
「公務員なら、何故今ここで俺を殺さない? 俺は重度の犯罪者だぞ」
「もうあなたには武器がない。危険人物じゃない。あなたには殺す価値もない」
「なめやがって、俺にはまだ初号機があるんだぞ」
「だからそれも含めてあなたはゴミだと言っているの」
「うるせえ! なめやがってなめやがってなめやがって!」
 気易く俺を小者扱いするな。俺は証明するんだ。今日、証明するため、今まで生きてきたんだ。
 俺は再び傷ついた初号機に乗り込み、バランスを整えて立ち上がった。


9.

 深く傷ついた初号機の電源を入れ、なかば無理矢理機体を起こす。くそ、どうすればいい。このぼろぼろの機体でできる事などたかが知れている。とは言え、このまま何もしないで終わる訳にはいかない。とりあえず、眼前の危機を取り払わなければ。
 俺は先程の砲弾を思い出し、戦車を探す。
 が、何故か見つからない。
「……? どういうことだ?」
 よく見ると、戦車だけでなくパトカーもテレビ局の車も居なくなっている。
「な、なんだよこれ。なんであいつら居なくなってるんだ」
 どうして良いか分からず、俺はびっこを引いて成人式会場まで歩いていく。
 そこにはまた、信じられない光景があった。
「死体が、動いている……」
 今までさんざん潰し、殺し、破壊してきた人々が、全身が血にまみれたまま平然と歩いているのだ。しかも彼らは、再び現れた初号機に驚くことなく、そもそもこちらを見ることすらなく、てくてくと広場から離れていく。
「何だよこいつら……何なんだよ……何が起きてるんだ」
 状況が把握できず俺は混乱する。殺したはずの人間たちが去っていく。集めたはずのマスコミ達が去っていく。唯一の同胞だった女が去っていく。
 ここで俺は、恐ろしい想像をしてしまった。
 もしや、この世界は、俺の手には負えない代物なのではないか。
 その考えが頭をよぎってしまったが最後、俺の両手から力が抜けていき、初号機は自立の意思を失い、がくんと膝をついた。
 俺は見誤っていたのか。自らの力量を、この世界を、見誤っていたのだろうか。だとしたら、俺は、今まで、一体何を――。
 何が起きているのか、何をすべきなのか、いや"何をしてもいいのか"すら分からず、ただぼうっと外を眺めていると、ある男が目についた。
 血まみれの人が歩いている中、その男だけは血で汚れておらず、そしてその男だけが立ち止まっていた。ひどくつまらなそうな顔で煙草をふかしている。俺はその顔に見覚えがあった。
「あ、あいつ、中野区長だ」
 俺がさっきまで人質に取っていた区長。それが今、顔面に居る。やはり先程の物は、区長に似せただけの爆弾だったのだ。
「おい、お前、頼む、何があったのか教えてくれ。もういい、もう俺はいい。何もしない。だから教えてくれ。これは何だ、何が起こっている?」
 俺の声は聞こえているはずだが、男は無視して煙草を吸い続ける。
「おい、答えろよ」
 男はちらりとこちらを睨みつけるが、また目を逸らし、煙を吐く。
 待てよ。よく分からないがこれはチャンスなのかもしれない。理由は分からないが、今は戦車もパトカーも居ない。そして区長はひとりで佇んでいる。これは当初の目的である区長殺害には最適な状況かもしれない。
「あまり俺を見くびるなよ、この野郎」
 俺は右腕を力いっぱい区長に振り下ろす。計画は狂ったが、こいつが死ねばある程度の証明にはなる。さあ、死んでくれ。
 しかし俺の右手は、区長の頭の1メートルほど上で何かに遮られた。
「……っ!」
 目を凝らして見ると、半径3メートルほどの半透明の蒼い半球が区長を覆っている。それに触れた右腕は、びりびりと蒼い電流が流れ、一時的に動きが止まってしまう。
「シ、シールド? こんなものが、現実に存在するのか……?」
 区長は煙草をぺっと床に吐き出し、ぐりぐりと踏みつけ、コートのポケットから携帯を取り出して、通話を始めた。
「おう、俺だ。ん、おう、終わった。今回の件は全部終わった」
 なんだ、誰と話している? 今回の件とは、俺のことか?
「報告する。死傷者ゼロ。目立った損害なし。強いて言えば、血糊代と、偽の自衛隊と偽のテレビ局の人件費くらいか」
 表情を変えず淡々と語り続ける。
「まあ、事前に対象の持つ武器内の全ての火薬を抜いておいたから当然と言えば当然の帰結だ。いつも通り内通者を仕込んでおいたのが正解だった。懸念していた"奥の手"とやらも単なる物理的武力にすぎなかった。全ては想定の範囲内だ」
 想定の、範囲内? 俺の行動の全てが、想定の範囲内だと言うのか? 俺の思想も行動も、全て?
「内通者にも隠していた"奥の手"を炙り出すためにさんざん泳がせたが、まあ、やはり無駄な時間だったな。無能な馬鹿がひとり騒いでいるだけだった」
 殺してやる。
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。
 俺は何度も何度も何度も何度も何度も何度も右手を区長に振り下ろす。しかし、それが区長に届くことはない。届かない。何度やっても、何も、届かない。
「そういうわけで、今年も例年通り何事もなく終わった。おう、もう帰って良いぞ。第二十四次成人式戦争を、これにて終了とする」
「第二十四次……?」
 区長は通話を切り携帯をしまうと、不法投棄されたゴミを見るような目でこちらを睨みつけた。
「まったく、毎年毎年困ったもんだ。何だか知らんがこの日を狙って悪ふざけしやがって。クズが」
 うるせえ死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!
 何度も何度も叩こうとするが、やはり区長には届かない。ああ、届かない。何をしても、何にも、届かない。触れられない。伝わらない。
 「お前みたいな小物につきあってるほど世間は暇じゃない。暇じゃないんだが、残念ながら俺はここの長だ。面倒だが後始末しなくちゃならない」
 それだけ言うと、区長はパチンと指を鳴らす。それを合図として、俺達が立っている床のタイルのひとつが、ふわりと浮かびあがる。それに続いて、二枚、三枚、十枚と次々にタイルが浮かび上がっていく。最終的には道路の全てのタイルが宙に浮き、それらは空中でゆっくり回転して渦を形成する。その渦は回転数を上げながらどんどんと高さを増していき、初号機の全長を軽々超え、ついには初号機が見上げるほどの高さになった。
 その渦はうねりながら形を変えていき、ついには、タイルの渦で形成される巨人と化した。その全長は、初号機の二倍を軽く超えている。
「う、う、うああ、うああああ! あああああああ! あああああああああああああああああああ!」
 俺はありったけの力を振り絞って、巨人の足を殴りつける。触れた瞬間、俺の右腕は巨人のタイルの回転に巻き込まれてねじ切れた。
 両腕を失い、防御する事すらままならない初号機の腹に、巨人のボディブローが命中する。
 俺の初号機は、後方に吹っ飛びながらばらばらばらと部品を吐き出し、地面に倒れ込む衝撃で胸部は完全に崩壊し、残された頭部と二本と脚部が地面に転がった。
「あ、があ」
 俺はなんとか初号機の頭部から抜け出す。殺される。死ぬ。死んでしまう。
 なんとか走って逃げようとするが、立ち上がれない。左足が潰されている。なんとか巨人から遠ざかろうと這って進む。が、突然辺りが暗くなる。
 見上げると、巨人の右脚が浮いている。踏みつけようと俺を狙っている。ああ、これは、もう、逃げられない。
「だ、誰か、助けて」
 微かな声を出しながら辺りを見渡すが、区長はもう居ない。血のりにまみれた人々は、もうずっと遠くを歩いている。しかも全員がこちらを背を向けている。
 もう、誰も俺を見ていない。誰も俺に関心を向けていない。
 いやだ、死にたくない、誰か、誰か。
 と、その瞬間。
「あは、あはは、あははははははははははははははははははははははははははははは!」
 突然、嗤い声が聞こえた。
 声のする方向を見る。
 そこには、桃色のワンピースを着た小さな女の子が立っていた。
 彼女は、腹を抱えながらこちらを指さし、嗤っている。
「あはははははは! あはははははは! あはははははははははははははははははははは!」
 ひぃひぃと呼吸を乱れさせながらも、彼女はひたすら嗤う。
「お嬢様、もう行きましょう」
 どこからか現れたエンジ色のコートの男が、彼女を抱きかかえる。
「だって、だってあいつ、くひひ、ひひひゃははははっは、はははははははははは!」
 彼女は抱きかかえられながらも嗤うことを止めない。
 そんな彼女をぼうっと眺めているうちに、巨人の右脚は俺の頭に振り下ろされ、俺は愚にもつかない汚らしい脳漿を地面に勢いよくぶちまけた。









<了>

 

 

 

 


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